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よくある話だが・・・・

今日、13時からマンションの消防機器点検が実施されるに当たり、自宅でその時を待った。点検担当者が他の階の住人から以前より時間指定されたのか?単に上層階から下ってくる方法なのか?分からないが、上の階から声が響きつつ、降りて来ていた。
当方は、点検日の前日の夕方だったが、「13時から点検してほしい」旨の「点検時間」連絡を集中監視センターへ入れて、伝言してもらう事で了承して電話を切った。その時に、マンション名、部屋番号、名前、携帯番号を知らせている。本来、平日の18時半前は、本社側で電話を受けると<お知らせメモ>に記していたのだが、どういう訳か?18時過ぎなのに、電話を入れたら、集中監視センター受付になっていた。この事がまた後で、「この会社、大丈夫か?」と思わせるのだが。

上層から1軒2軒と点検終了の挨拶する声がマンションに響く。時間は、13時15分になっていた。同じ階の隣の家に訪問し、問い合せをしている。在宅だったので、点検に入った。点検終わって、13時20分。我が家についに来た。点検する挨拶があり、各部屋の点検を無事に終え、点検終了の挨拶して、立ち去ろうとした。

そこで、先程の「点検時間」の件を聞いていないのか?問いた。点検担当者は、「連絡を受けていない」当方の(この時点では、点検担当者本人か?会社か?分からないが)連絡ミス、不手際として謝りを入れて来た。聞いていないなら、会社内の連絡ミスで組織のミスになる。聞いていて、訪問先リストに注記もれによる対応誤り(指定時間に来なかった)は、本人のミスで有り、組織のチェック漏れミスになる。指定時間に来れないなら、携帯番号も知らせているのだから、遅れるとか、可能時間を連絡する事は出来たはずだが、それもして来ない。これって、個人のミス?組織のミス?
点検担当者は、その訪問先リスト(チェックリストも兼ねた)に訪問指定時間が無いとリストを見ながら、言ったのだ。そして、この時、そのリストには、前回(今年の1月点検時)火災報知器が設置されてないというメモが有り、関連部署に連絡したという。これでまた、怒りが込み上げてくるのだが、点検担当者は、つい2週間前に新しい火災報知器が付けられたのだとは知らないのだった。彼は、連絡したから後は連絡先が担当として善処すると思っている。彼は、その結果がどうなったのか?連絡を受けてないし、直接確認もしていないのだ。それなのに、リストには火災報知器の設置依頼の件はメモして有ると言う。これって、社内でのコミュニケーション不足というか?チェック体制不備というか?チェック機能が出来ていない事を自らの口で言っている様なものだが。

一通りの謝罪と対処する事を告げて、次の点検場所へ移動して行った。私は、仕事の途中で抜けて来たので、戸締りをしてマンションの部屋を出た。1階入り口に小さな管理室が有って、そこで先程の点検者と同僚1人が立ち話をしている脇を私は通り過ぎようとした時、点検者が「時間指定を受けていたのを私が忘れてました。」と言い、頭を下げて来た。
「この会社、大丈夫かよ?」である!!!!

あれから、数時間経つが、上役からの謝りの連絡は入っていない。
私が気になった点をまとめると、

1)携帯番号まで知らせたのに、連絡が無い事。
2)時間指定したのも係わらず、指定時間に来なかった事。
3)今回だけに限らないと思うのだけrど、確認・チェック体制が出来ていないし、実施している様子が無い。
4)連絡の不備の理由に対して、会社に与える信用度下落に気付いていない事。

「ハインリッヒの法則」の一つの不具合に当たると思うが、どう考えているのだろうか?普段から、話し合いやチェック・確認し合う体制作りって必要だ。皆さんの所は、どうだろうか?信頼を失うのは簡単だから、心して係りたいものだ。
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歩いて見た風景から・・・・

いつも車で通っている道を昨日、1時間ちょっと懸けて歩いて帰って来た。普段、通る道からの眺めは、特に感動する事無く、ただ、信号機に従い、アクセルを踏む、風景が流れる。この心地良い流れる風景を邪魔する運転手が多いというか?気が合わないのだろうけど。

そんな車から徒歩に替わると、見る景色に注意が注がれて、目から入る映像を脳がチェックしだして、[ここにこんなもの有ったかな?]とか、[こんなに大きかったか?]とか、[ここ空き地だったかな?]とか、感じながら歩みを進めていった。足元も意外と歩きにくい歩道になっているが、良く分かる。舗装面のデコボコや段差、工事で道が狭く、迂回も有る。障がい者用の歩行タイルというのか?このタイルに躓きそうになった。また、歩道を自転車が来たりするが、音楽を楽しんでいるのかもしれないが、周囲の音が聞こえない危険な運転を平気でしている若い女性も居た。日が落ちて、前から自転車が来ているのを気が付かない自分も居た。腰から下の自転車の前輪にライトが点灯はしているが、よっぽど真っ暗で無いと、そのライトでは誰も気付かない、と昔から思っている。まだ、ハンドル固定の懐中電灯(マグネライトなど)の方が、明かりを認識しやすい、気付きやすいと思うのだが。如何に、作った道を人が歩いていないのが良く分かる。歩きにくい、使いづらい、ただ、綺麗に舗装して見せている。草ぼうぼうにならない為には、舗装すればそうならないからね。これで、いいのかな?

帰り着く頃には、足の裏がジンジンしている。歩く習慣が無いとこんなものかも知れない。けど、心地良い汗を搔いた気がした。新ためて、健康で、自分の足で歩ける事は良い事だと思う。車では、周囲の流れに呑まれて進んで行くが、歩きは自分のペースで進める事が出来る。これって、意外と重要だし、貴重だと思う。

歩く事は、自分の物差し(自分と向き合う時間?)で色々なものを解釈したり、考える視点を別に見つけたり、考えを再構築したり出来る時間を作れている様に思うのですが?あなたは、どう考えますか?
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